今回お話するのは
もっとも有名な未解決事件
ボドム湖殺人事件
です。
事件から半世紀以上たっても新しい情報が出たりする有名な事件。
ボドム湖殺人事件とは

ボドム湖殺人事件はフィンランドの
- Uudenmann Iääni(ウーシマー州)
- Espoo(エスポ―)
- Bodominjärvi(ボドム湖)
で1960年に発生した殺人事件の名称。
4人の若者がキャンプの最中、何者かに襲われ、3人が惨殺、1名が重傷を負った。
犯人は不明、容疑者も自殺し、挙句の果てには被害に遭った生存者迄もが真の殺人鬼扱いさてしまった、フィンランドで最も有名な未解決殺人事件。
- 男性1名、女性2名死亡、男性1名重症
- 犯人: 不明
- 犯行動機: 不明
- 凶器: ナイフと鈍器?
事件の一連の流れ

このボドム湖殺人事件の一連の流れを見ていきましょう。
- 事件の発生
- 事件発覚と調査
この順番で見ていきます。
先に説明をしておくと、フィンランドの人口は今よりも当然少なく、凶悪犯罪も少ない時代です。
この事件が有名なのは、そういったところもあるのでしょう。
6月4日~5日: 事件発生

事件発生の1960年の6月4日に、2組のカップルがボドム湖でキャンプを行った。
- マイラ・イルメリ・ビョルクルント(MailaIrmeliBjörklund)(15歳)
- アニャ・トゥーリッキ・マキ(AnjaTuulikkiMäki)(15歳)
- セッポ・アンテロ・ボイスマン(Seppo Antero Boisman)(18歳)
- ニールス・ヴィルヘルム・グスタフソン(Nils Wilhelm Gustafsson)(18歳)
15歳の少女2名と、18歳の男性2名の4名はキャンプの最中に何者かに襲われた。
襲われた時刻は正確には不明だが、翌日の5日の午前4~6時の間という。
テントの外から襲撃を受け、3人は体に刺し傷、そして鈍器による頭部への怪我で死亡。
残った1名のニールスは「顎の骨折、脳震盪の重傷」であった。
6月5日: 事件の発覚と調査

事件発生から数時間経った後、近くを通りかかった大工が事件現場を発見。
警察に通報したことで、事件が発覚した。
すぐさま警察が駆け付け、捜査が行われたが問題が発生。
警察は現場を封鎖せず、現場の詳細の記録を怠ってしまった。
その結果、事件現場には警察と一般人が土足で歩き回り、証拠が消えていってしまった。
さらに、凶器が近くにあると考え、兵士を呼んだことで現場はさらに荒らされることに。
唯一の生存者グスタフも、ショックの為か事件のことは何も覚えていなかった。
容疑者?の自殺

警察の捜査が広範囲に渡ったものの、犯人は捕らえることが出来なかった。
しかし、事件発生から9年後の1969年にある1人の男が自殺する。
彼は手記に「私が事件の犯人です」とメモを残していたという。
その男はボドム湖近くのキヨスク(小さな購買所)で被害者たちにレモネードを販売していた。
ただ、キャンプ場で騒音を引き起こすキャンパーたちに頭を抱えていて、時には問題を引き起こしたりするような男性だったとか。
- テントの杭を破壊
- 訪問者に石を投げる
かなり攻撃的な人間でもあったらしく、地元住民は
「彼が事件当時にキャンプ場から立ち去るのを見たが、報復が怖くて通報できなかった」
とまで。
とはいえ、彼には事件当時には妻によるアリバイもあり、本当に犯人なのかは不明なところ。
唯一の生存者「グスタフソン」の逮捕

そんなこんなで事件が未解決のまま2004年に事件に動きがあった。
それは、唯一の生存者「グスタフソンが事件の真犯人である」という衝撃の話。
逮捕された原因は事件現場から離れたところに残された「彼の靴」。
法医学者が改めて調べたところ、
また、捜査当局は
事件前の夜、近くにいた別のキャンパーが「グスタフソンが酷く酩酊し、犠牲者のボアズマンと激しい口論になっていた」証言。
新しい彼女ビョルクルントに嫉妬し、そのことでボアズマンと口論に発展。
彼から顎を殴られ骨折し、激怒してナイフを使って3人を殺害した
何より、ビョルクルントは特に損傷が激しかった。
と法廷で説明。
これが事実であれば、45年ぶりに未解決事件が被害者の逮捕という前代未聞の形で解決するという。
裁判結果は無罪

ただ、結果としてグスタフソンは無罪となった。
理由としては
グスタフソンの損傷が他より少ないとはいえ、不詳の程度を考えれば3人を殺害するのは不可能。
また、3人の人間を殺害する動機と、経過した時間を考えた時の事実に対する確実性は、証明ができない
こうして、グスタフソンは解放され、フィンランドは日本円で約530万円の補償金を支払った。
ただ、逮捕を報じたフィンランドの新聞に対しては、名誉棄損での訴えは棄却されたという。
まとめ: ボドム湖殺人事件

これがボドム湖殺人事件の概要です。
確かに、「嫉妬」+「酒」+「殴られた怒り」で犯行に至るという可能性もないわけではないでしょう。
ですが、脳震盪を引き起こして3人を殺害できるのか。
また、仮に言い逃れの為に自分を傷つけたとしても、18歳とはいえ咄嗟の判断で可能でしょうか。
結局、真の犯人は見つからず、「3人の少年少女が殺害された」という事実のみが残った事件です。
という訳で、今回のまとめ
- ボドム湖殺人は1960年6月5日に発生した殺人事件
- 4人の少年少女が襲われ、3人死亡、1名が重傷
- 警察の初動ミスもあり、犯人逮捕には至らず
- 1969年に犯人と名乗る男が自殺をする
- 2004年に唯一の生存者が容疑者として逮捕
- 証拠不十分で解放され、事件は未解決のままである
靴には他の3人からの血液を見つけたが、グスタフソン自身の血は付着していない。
つまり、彼は3人を殺害後自分の靴を捨ててから、自分で自分を傷つけた。
そうして、第三者の仕業に仕立てたのだ