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【T-33A入間川墜落事故】2名のベテランパイロットの殉死が起きた自衛隊機事故とは?

T-33A入間川墜落事故とは? 飛行機事故・事件

今回お話するのは

ベテランパイロットの事故

T-33A入間川墜落事故

です。

ベテランでも事故るときは事故る。

  1.  1999年11月22日の航空機墜落事故
  2.  ベテランパイロット2名が殉職
  3.  機体はT-33シリーズの練習機
  4.  パイロットの機転により一般の被害が最小限に



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T-33A入間川墜落事故とは?

T-33A入間川墜落事故とは?

T-33A入間川撃墜事故は,1999年11月22日に発生した航空自衛隊機による事故。

ベテランパイロット2名が操縦するT-33Aにエンジントラブルが発生。

埼玉県狭山市の入間基地北東2km地点の河川敷に墜落。

2名のパイロットは殉職。

近くには住宅地もあったが、民間人の犠牲者はなかった

ただし、高圧送電線が事故で破断し、東京・埼玉の約80万世帯で停電が発生

マスコミからも、大きく非難を浴びることとなったやるせない事故。


  •  犠牲者: パイロット2名
  •  被害: 約80万世帯の停電
  •  事故原因: エンジントラブル


T-33Aとは

T-33Aとは

墜落事故を起こした機体はT-33シリーズ機体の1つ。

30か国以上の国で採用され、多くの軍用パイロットの養成に使われた機体。

自衛隊でも2000名以上のパイロットを養成してきた。


1954年にあめりかから68機が供与され、1955年からは川崎航空機がライセンス生産。

合計278機が運用されてきた。

そんな運用が長い機体も、老朽化により1980年後半から順次退役。

2002年には完全に退役予定だったが、この事故で2000年には実質全機体が退役となっている。


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2名のベテランパイロット

T-33A入間川墜落事故: 2名のベテランパイロット
左が「門屋義廣」、右が「中川尋史」

この事故で亡くなったパイロットは

中川尋史二等空佐

当時47歳のパイロットであり、飛行教導群に所属。

1998年には戦技競技会に隊長として出場、優勝。

指揮幕僚課程を履修するエリートであった。

飛行時間は5228時間。


門屋義廣三等空佐

当時48歳のパイロットであり、飛行時間は6492時間のベテラン。

1987年に所属飛行隊において人格・指揮能力・空戦技術が全てにおいて優れた証である「ベストガイ」の初代称号を獲得している。

一般的には「200時間以上の飛行時間の戦闘機パイロットはベテラン」という扱いになるので、いかに2人が優れていたのかが分かりますね・・・。


さらに、以下の文章もあります。

トラブル発生の通報から4分間、最善の努力を尽くして市街地への墜落を回避されました。

二人とも、飛行5千時間を超える大ベテランであり、お人柄においても、全ての人の模範として尊敬され、慕われていました。

明るい社会づくりに尽くされた方々?平成12年度社会貢献者の事績?


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T-33A入間川墜落事故の流れ

T-33A入間川墜落事故の流れ

ここでは、この事故が発生した時の流れを準備追っていきます。

事故の流れ
  • 13:02
    訓練のため離陸

    2人は、三等空佐が操縦するT-33Aが入間基地を離陸。

    基地北方の訓練地域で訓練を実施し、基地へ帰投を開始。

  • 13:36
    入間管制塔と通信~トラブル発生

    T-33Aはマイナートラブルが発生したと通報し、滑走路への進入ポイントへの直行を要求。

    この時機体は高度約2500フィート(760mぐらい)

  • 13:39
    コックピット内に煙発生

    「振動と、変な音がしてオイルのにおいがするので降ります。」

    と通信を行い、その40秒後には煙がコックピット内に発生したと通報し、滑走路への着陸を要請。

  • 13:40
    緊急事態宣言

    パイロットは緊急事態を宣言し、コックピットでの煙を再度通報。

    この時の高度はまだ約2500フィートほど。

  • 42分14秒
    ベイルアウト通報

    T33-Aは急降下をし、約1000フィートまで下がっていた。

    パイロットはベイルアウトを通報したが、機首方向は住宅地が広がっていた

  • 42分27秒
    再度ベイルアウト通報

    機体はさらに高度を下げて約700フィート。

    バランスを大きく崩し、脱出に必要な高度には既に足りておらず、住宅地の上空に差し掛かっていた。

  • 34秒~36秒
    両パイロット脱出

    2名のパイロットは緊急脱出で射出をされた。(この時機体は約200フィート)

    この際、機体は東京電力の送電線に接触。

    その後機体は狭山リバーサイドゴルフ場のコース内に墜落。

  • ラベル
    墜落後

    機体の鎮火は14:25分には完了。

    17:01には送電線も復旧(別の送電ルートに切り替えている)が完了している。


2名のパイロットは緊急脱出したが、パラシュートの減速効果は得られず、地面に激突し両名即死している。

パラシュートの高度限界は300mぐらい。

射出時の高度は約60~70mほどなので、緊急脱出しようがしまいが助からなかったでしょう・・・・。


T-33A入間川墜落事故の原因

T-33A入間川墜落事故の原因

前述したとおり、この事故は「エンジントラブル」が原因だった。

ただ、その原因が判明したのは事故発生の翌年4月の調査委員会による報告であった。

その報告によれば、


主燃料コントロールユニット」及び「緊急燃料コントロールユニット」

この付近の燃料ホース又はフィッティングの一部から漏洩した燃料が2つのコントロールユニット近くで発火。

加熱され、融解したコントロールユニットからのエンジンへの燃料供給の停止。

それに伴う推力の低下が事故の原因である。

ただし、漏洩原因と発火原因は不明。

エンジン内の電気配線の漏電か、コネクターの短絡の可能性がある。

とはいえ、著しい損壊のため原因の特定には至っていない。


ただの整備不良では?の可能性も指摘されたが、

燃料ホースなどは、飛行前後、100飛行時間、200飛行時間ごとなどに点検が行われ、事故当日の点検でも異常はみられていなかった。

と述べられており、飛行時に何か不具合が発生したと推測されている。

(点検が甘かったのでは?といわれたらそれまでだが・・・・。)


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事故後の報道各社

T-33A入間川墜落事故の報道各社

この事故後、新聞報道各社は大々的に報道した。

事故当初、「訓練機の落下」と報道したこともあり、

経験が殆ど無い訓練生の技量不足による事故だ!!

パイロットが未熟だから危険な事故が起きた!!

と叩かれていた。

その他、新聞報道各社の報道内容

朝日新聞「東京・埼玉80万戸停電 空自機墜落で高圧線切断 交通・ATM乱れる」
「住宅避けて脱出遅れる?」- 「パイロット2名は機体の向きを住宅地が逸らしていたので逃げ遅れた?」
読売新聞「空自機墜落 高圧線切断 都内・埼玉80万世帯停電 入間川河川敷乗員2人死亡」
「民家避け脱出遅れる?」 – 「民間を避けるためにギリギリまで機体を逸らしていたので脱出が遅れた?」
産経新聞「首都圏80万世帯 停電 自衛隊機が墜落、送電線切断」
「危機回避で脱出遅れ?」 – 「民間人への被害を避けようとして危険回避行動を最後まで行い、脱出が遅れた?」
日経「空自機墜落、80万戸停電 高圧線切断 東京・埼玉に影響 乗員2人死亡」
事故の被害、小淵恵三首相のコメントの掲載
毎日新聞「空自機墜落、高圧線を切断 80万世帯が停電 東京埼玉 都市機能マヒ」
「あわや大惨事に」 – 「民間への被害が広がらないように、川に沿って進入?」
結構、事故原因は「民間人への被害を避けるため」といった内容が多い


パイロット称賛への動き

T-33A入間川墜落事故: パイロット称賛への動き

当初、2名のパイロットや自衛隊は批判されていた。

ただ、1年後にはパイロット2名を称賛する動きとなった。

2名のパイロットは民間人への被害を避けるために最大限の努力をした。

その結果、脱出のタイミングを逃し、尊い命を犠牲にした。

ただ、事故当時は限られたメディアしか取り上げなかった。

埼玉県民の多くに停電等のご迷惑をおかけいたしましたが、パイロット2名の命を賭した行動の結果という事情もご勘案していただきたい。


その後、パイロット2名は「社会貢献支援財団」によって表彰。

2002年にはパイロット・整備員の過失はないとし、被疑者不詳のまま書類送検。

この時までには、パイロット2名は

  •  一等空佐
  •  空将補

にそれぞれ1階級特進している。


事故そのものへの批判

T-33A入間川墜落事故への批判

日本共産党は事故当日に入間基地を訪れて訓練の中止を要求していた。

その上で事故が発生したことに対し、

一歩間違えば大惨事であった。わが党や住民の反対を無視して総合演習を強行し、このような事故を起こした責任は重大だ。入間基地の撤去を求める

と、基地撤去を訴えた。

赤旗新聞でもかなり批判が記載されていた。

また、パイロットが機体を川に落としたことを「美談をでっちあげている」とした。

「狭山署の調べでは、・・・・。機体は住宅街への墜落を避けるために飛行した。」
この部分を論理的に読めば「狭山署がこの証言を立証するために必要な交信記録を保持している」となる。

だが、狭山署の斎藤副署長は「そのような記録は元より、そのような広報は行っていない」と明言。

小渕総理大臣は「事故を起こした墜落機は古い機種ではあるが、亡くなったパイロット2名はベテランであり、事故の際に住民に迷惑をかけないように、人家を避けて墜落したのだろう」
ただ、首相官邸の報道担当は「ぶら下がり取材でしょう」「文書発表はありません」

このような証拠から、「パイロットが墜落した場所は偶然川であっただけで、民家に墜落しなかったのは偶然であり、美談とすることは間違いである」と主張した。


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まとめ: T-33A入間川墜落事故

まとめ: T-33A入間川墜落事故

自衛隊の方達の腕は飛行機乗りとしても本当に高いと分かりますね。

空を飛んでいる最中にこんな事故が起きたら、私なら即座に脱出するでしょう。。。。。

民間人に犠牲者は出なかったのも、彼らが自分たちの命を懸けまで飛行機を操縦したからというのは事実です。


今回のまとめ

  1.  T-33A入間川墜落事故は1999年11月22日に起きた航空機墜落事故
  2.  ベテランパイロット2名が搭乗するT-33Aが訓練後の帰投中に不具合
  3.  埼玉県狭山市の入間基地北東2km地点の河川敷に墜落
  4.  2名のパイロットは殉職、大規模な停電事故が発生
  5.  民間人の犠牲者は0人
  6.  パイロットがギリギリまで操縦を行い、脱出は遅れた
  7.  不具合は漏洩した燃料への漏電によるエンジントラブル
  8.  漏電、漏洩の原因は不明

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